ボストン発→成田行。 2013/03/242013/05/16

サンドイッチとジャズ
最後の一枚の写真  2013年3月18日

帰国の準備で10日前くらいからスーツケースを広げていた。

ジャズはこの位置で座ったまま、何かに取り付かれたようにじっーと静止して暫くスーツケースの中の一点だけを見つめていた。これは2度目の時だった。数日前もまったく同じ位置で同じようにじっと一点だけを見つめていた。

その仕草が人のようで面白いと思って写真を撮ろうとした瞬間、その気配でこっちを向いてしまった。そこでシャッターを切った。

この写真が在りし日の最後の写真になってしまうなんて、この一週間後にジャズが逝ってしまうなんて想像するはずもなかった。 私はたいがい旅行へ行く10日前くらいからスーツケースを広げておく。8年間暮らしていてジャズはこれが何を意味するのか知っていたと思う。これからまたしばらくの間、おにぎりママはどこかへ行ってしまう...と。

24日は5時に起床。まだ外は暗かったので”帰ってきたらゆっくりまた散歩しようね”と言って外で排泄させただけだった。 そして、いい子でお留守番していてね!”と言ってドアを閉めた。 まさかこれがジャズと最後の別れになるなんて思うはずもなかった。後からどんなに考えてもあれが別れのサインだったんだろうかなど、何一つ思い当たらない。

ボストンローガン国際空港へ向かった。日曜日で朝の渋滞もなく1時間未満で着いた。 チェックインの手続きを済ませてから、私は大丈夫だからジャズのために早く帰ってあげてで、その1時間後にアパートに戻ったサンドイッチだった。

ジャズとお昼散歩して、夕方の散歩もして、ご飯食べて、DVD観て一緒にリラックスして、寝る前のオシッコもして、私が不在している他は何一つ変った様子もなく過ごした1日だったらしい。

日本の3月25日、ほぼ予定通りに成田空港に到着。 5分後に出発する16:40の高速バスがあったので急いで列に並んで乗り込んだ。その時刻のバスは案の定、渋滞にハマってしまった。私の携帯にサンドイッチからの電話があったが私はちょうどトイレに行って席を外していた。私は気が付かないままバスを降りた。

その夜はビジネスホテルを予約していた。そこへ向かう電車の中で携帯をチェックしてメッセージを聞いた。電話先でジャズが死んだと言っている。何故か分からないと言っている。非常事態に接して取り乱しているサンドイッチの様子が伝わってきた。ジャズが死んだ。その声が私の耳にこびりついた。何も予期しないことが現実に起きてしまったようだ。私の全身は強張ってしまった。一体何事が始まってこれから更に何事が起こっていくのかと私はただ怯えていた。なんとかホテルの部屋にこぎ着けて、すぐ机の椅子に座った。そこから動く事も、泣くことさえも出来なかった。 そして、そのまま朝を向かえた。