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時の移ろい味わい2016/09/20

時の移ろい味わい
少女時代のママ(私の好きな心惹かれる写真の一枚)


相棒のママが転倒して緊急入院から、明日で1週間が経過するのですが、

あれからまだ1週間も経っていないのに・・

この1週間は随分と時間がゆっくりと流れている感覚になっています。


9月13日(火)の夜中にトイレで転倒して骨盤骨折、ママはまだその時点で

意識はクリアで手術と延命治療を拒み自然死を望みました。痛み止めの薬と

ビタミンを含む水だけの点滴処置で、9月15日、19時に永眠しました。


相棒は13日、仕事を終えてから病院へ行った時はママは痛み止めで深い眠りに

ついて話すことができませんでした。 モーテルに泊まり朝方、眠りから醒めた

ママは相棒がどこに居るのかと、病院からの電話でほんの少しだけ話すことが

出来き、うなずくママに相棒の声が届いたようでした。それから病院へ向かった

時には再び深い眠りについていたママでした。変わり果てるママの姿を直視

出来ない相棒は息子夫婦に託してその足で帰宅して、親族にママの容態にを

報告したり、事務的な手続きをしたりと気丈に対処していました。


ママが緊急入院してから相棒と私はそれぞれに突然こみ上げてくる悲しみに

胸が締め付けられ号泣をきれぎれに繰り返しながら、二度と回復して話すことも

ないママへの想いを募らせていました。


土曜日に相棒のお兄さん夫婦と合流してママのアパートの整理をする日程になり、

その時にママに会って意識がなくても手を握りしめて頬にキスしてお別れ

するつもりでいた私でした。


木曜日も有給をとって色んな手続きをクリアにしていた相棒でした。

そしてその日、息子夫婦が病院から帰宅へ向かった2時間後、

夜の7時に病院からママの永眠の電話連絡が入りました。



 4年前の86歳の時は足腰もしっかりしていて社交的で行動的なママはどこにで

も積極的に出かけていましたが、一年と半年くらい前から目が不自由になって

からは独立型アパートからサポート型のアパートへ移動して行動範囲もぐっと

狭まってしまったママでここ半年前くらいから、体力がグングンと減退していま

した。唯一CDブックを聞くことだけが日課となっていて、相棒にいつ死んでも

いいと何度も漏らしていたのでした。 身体の方は幾つもの問題を抱えていて

目に見えてしぼんでいくような様子でしたが、脳は最期まで衰えることなく

人生を終えるまで気丈にそして心豊かに生きたママでした。


私にとっても、私のアメリカ生活で何ものにも代えがたいママの存在で、

ママのことが私の心から頭から離れません。