やがては老いと老朽化の共存生活2017/12/02

やがては老いと老朽化の共存生活

7月16日に引っ越して来てから、今月半ばで5ヶ月経過するんですが、

なんだかですね、もうずーっとここで暮らしているような錯覚すらして、

ここでの生活に馴染み自然と溶け込んでいっているようであります。


自治会だの地域のプレジデントだのと当初は堅っ苦しいな〜と思っていましたが

実際生活してみると、さして鬱陶しい内容もなくミーティング日も強制される

こともなく、別段普通の地域と変わない生活感の中での私たちのホームパークの

利点は、どの家もよく整備された景観となんと言っても治安の良さで、

しかも家の問題で何かの時にすぐに相談に乗ってくれる心強い体制があります。


このパーク内のオータムとの散歩では、通る車通る車すべての人たちが私に向けて

手をあげ挨拶してくれます。最初は知らない人に手をあげるのは私にとって

自然なことでないので躊躇いがありましたが、毎日散歩している私たちなので、

隣の違うパーク内の住人を含めた全員が知っている訳で、そう考えるととりあえず

通る車に私の方から挨拶しておけば間違いないと思うようになりました。


アメリカ在住5年間に流れ流されてきて4度もの引越し移動に終止符を打ち、

ようやく腰を据えた平均的な生活を向かえることが出来たのかもかもしれません。


この件では度々触れますが、簡素な建物で何かと問題のある築38年の家です。


モービルホームタイプの建物でクオリティが低くちょっと頼りないマイホーム

なんですが、上を見ても下を見てもキリはないわけで、買えただけでもラッキー

で私たちの生活力では妥当な選択だったと思います。たとえ諸所の問題あっても

見れば見るほど暮せば暮らすほど私たちにフィットした住まいだなって思えるし、

この家自体が私たちを住人として待ちわびていたような気がしたりしています。


私たちに経済的な余裕さえあれば、あれこれと修理したり手をかけたくなる

ようなイメージと愛おしさが私たちの住まいに湧いてきています。

最低限の現状維持での要修理だけは出来る範囲でやっていくつもりですが、

残念ながら追加したいテラスやら余分なことは出来ません。


今も現実的に対処せざる負えない問題に振り回されています。

温水の修理をしたにも関わらず、真冬並みの寒さになってきて平均的に熱いお湯

が保たれません。掃除機で埃を取ることを勧められたセントラルヒーティングも

零下になると調子があまりかんばしくありません。これで150ドルちょっとの

請求書が届きました。相棒曰く、業者があまり信用できないので変えたいと、

例のバスルームの改装をしてくれた相棒お気に入りの人に相談しました。


その彼が恐らくこれで大丈夫だろうとこの部分を調整してくれたようです。

今の所前より良くなりましたが、まだ分かりませんので様子見です。


以前、ベッドルームの添えつけの絨毯をフローリングに変えるのにホーム・デポ

に見積もり依頼したところ思ったよりも高額でキャンセルしました。

なので相棒はかなりその人を気に入っていて、再度依頼しています。その工事が

やっと来月に入ります(?) この人確かにいい人で私も決して嫌いではないの

ですが、一人でやっている人なので超多忙で仕事の日程がイマイチ明快でない

のが不満なだけの私であります。

こうしてなんだかんだと何かと出費が続きます。

なので、私もせっせとパートタイマーの仕事に勤しまなければなりません。



緑に囲まれた癒しのあるヤードを持つ私たちの暮らしです。 しかし、現実的な

問題で小さな自然に癒されると言ういい面ばかりではありませんでした。


冬に向けて落葉樹はあたり一面に葉を落とし尽くしていきます。 分かっては

いても今までの人生ではまったく他人事だった風景が現実のものとなって

わが身に降りかかってきました。

かつては秋から冬の到来を告げる情緒的な落ち葉風景を味わっていましたが、

この枯葉掃除...こりゃ〜ですね、時間と体力がなければ大変な作業だったんです!

バックヤードは全てが裸木になってからやることにします。


落ち葉の回収日が一度だけあり通りに面した庭部分の落ち葉を掃除しました。

芝刈りも済ませて一瞬キレイになった庭でしたが、次の日には再び次から次と

絶え間なく落ちていく枯葉で、今の時点でようやく 1/3くらい落ちたでしょうか、


掻き集めながら、いつまでこの体力が続くんだろうかと...老いて老いて

本格的に老いた頃になったら出来るんかな〜とちょっと不安がよぎります。

業者に頼める余裕はないと思うので、老後はどうなるんだろか…です。

この地域でももちろん元気なご老人はご夫婦で枯葉をかき集めていました。


我が家も揃って元気な老人の時を迎えられれば良いのですが、こればかりは

その実態はその時にならなきゃ分かりませんので、とりあえず今は今を生き抜く

ので精一杯であるのが現実ですしあまり考えないように努めるしかありません。


やがては貧しさと老いと家の老朽化との共存生活になっていくのかもしれません。

そんな事言うと悲惨な老後の印象ですが、これも予測で実態は分かりませんが、

人様に迷惑かけないようにだけは心がけて枯れ果ていこうと思っています。


しかしですね、予測はしても何事も実際の先のことは誰にもわかりません。

なので、成るようにしかならないわけであります。



この難儀な性格は直らない2017/12/05

この難儀な性格は直らない

とうとう相棒から私に安静宣言が下されて、仕事を休む羽目になりました。



二週間以上も前に自分の不注意で仕事中に胸を強く押し付けてから痛みが


残ったまま抜けませんでした。 しかしそれ以上悪化する様子もなかったりで、

ま〜これくらいなら問題ないだろうと仕事を続けていましたが、

二週間以上も経った先週の土曜日にいつもより痛み始めてしまいました。


やはりやってやれないことはない感覚で、今までよりも痛む胸をカバーしながら

いつものように仕事を終えましたが、今までで最も痛みがあるではありませんか!


とうとう相棒からストップがかかり、仕事を休んで安静に過ごすように

言い渡されました。


基本、私は這ってでも仕事へ行く感覚が身についていますので休むことへの

抵抗感がありました。 私が休もうが1人欠けるだけで、しかも誰にでも出来る

仕事にも関わらず、それでもこの休みたがらない感覚はなんでしょうか!


若い頃の仕事で無理をすることが身についてしまっている私です。それに加えて、

これっきっしの事でと、自分の衰えを認めたくないのもあるのかもしれません。


こうなるとですね、自ら難儀な性格と言うしか表現が見当たりません。


このケースの場合、安静にして治すしかない骨あるいは胸の打撲ですので、

家の枯葉掃除も止めて安静に過ごすように相棒に言われました。


難儀な性格の私は、忙しい金土を空けたくなので再び仕事へ行くつもりでいます。


思いもしない仕事中のアクシデントでした。

残念ですが、昔のようにも〜若くないので無理はきかないのかも!



そう言う私も嫌なオンナかも2017/12/07

そう言う私も嫌なオンナかも

私が働いているレストランの人達の印象をちょっと呟いてみようと思います。


仕事柄なんでしょうか、男女共にアメリカ人独特のあの太いのはゼロで、

ぽっちゃり系とノッポな人が数人いるだけであとは比較的日本人のような

体型で小柄の細身の人が揃っています。


調理人や一部を除いたほとんどの人たちはシフト制で働いているようで、

私と同じ曜日に働く顔馴染みになった人たちとは週に1、2回会うくらいです。


メニューを持って席へ案内するホステス、若く美人な二人が交代で働います。

見慣れた人達と全く別世界のような容姿と雰囲気の漂う綺麗どころの若い女性が

キッチン内に入って来た時、誰かの娘?って感じで最初は彼女たちがホステス

であることに気がつきませんでした。


私が働く夜の時間帯で見る限りのウェイトレスは、ほとんどが年配の人たちで

恐らくキャリアの長〜い人達の集まりだと思います。


店内にはフルバーもあって、古株のような女性2人が担当しています。

一人の年配の方は毎回会うのですが、洗浄してラックに入ったグラスを(これが

結構重たい)運んでいった時に”ありがとう”と無愛想に言うだけですが、根っから

愛想のないのが彼女のキャラなんだと思えるような人なのでなんだ気になりま

せん。実際に接客しているのを見る機会がないので、そんなんで接客出来るんか

なって感じなんですが、裏表のないような逆にそのキャラが受けているのか、

何かいい点があるからそのポジションを継続しているんだとは思います。


そんな彼女にとんでもない事をしてしまいそうになった私でした。


先週の土曜日の片付けの時の事でした。私が立てかけていたモップが倒れた瞬間、

もう少し倒れるのが遅かったら彼女に直撃してしまっていました。その時の彼女

のリアクションなんですが、やはり一言も発せず一瞬固まって怖〜ぃ顔つき

で(普通でも無表情で怖ぃ感じ)ちょっと睨んだだけで行ってしまいました。

焦った焦った焦りまくりました!”Oh myGod!”そこに居合わせた男性と顔を

見合わせ声を殺して苦笑!その後なんですが、再びキッチン内で会った時に

何か言いながら、なんとその彼女の顔が笑顔になっているのを見ました!

彼女の笑顔 ...これはこれは驚きの発見でした。


レストランとは入口が別になっているテイクアウト部門を担当している人が

常備2人くらいます。ここも揃って年配組みです。テイクアウトの店内は

小さなテーブルが4つくらいある細長いスペースで、ここで私たちも15分の

休憩をとります。カウンターで仕切られた奥がキッチンになっています。


サラダを盛り付ける係りは、唯一若い揃って細〜い体型の女性3人+男性1人が

交代で働いていて、テイクアウトの方の電話を受けたりして手伝っています。

ピザとブレッドを焼く部門では3人の交代制で1人が担当しています。

その中の1人が、週1日だけ調理人助手として厨房に入っています。

1人の調理人(助手)は週一だけディッシュウォッシャーとして働いています。


調理人は日本の包丁を持った年配の男性と紅一点として大柄なパワフルな女性と

キッチンマネージャーにあとは比較的若い3人くらいが働いています。


皿洗いは私を入れて5人、1日3人態勢で今では私はマシン専属になっていて

超忙しい時、洗ったお皿が山積みになってくると1人が助っで入ってきます。


お皿を下げるバスボーイは3、4人+バスガール1人がいます。

ウエイトレスの仕事を助け大きなトレイに乗った料理を時どき運んでいます。

このバスガールは20歳前半くらいでしょうか、大柄で仕事がダイナミックで

パワフルな女性で、大きなトレイに乗った料理や空き皿を難なく運んでいます。

どうもですね、私はこの女性に好かれていないようなんですね。

他のスタッフとは和気藹々にしているのですが、私は目を合わせたことがなく

挨拶してもシカトされます。

ある日、そんな彼女の行動について気がついたことがありました。


お客の食べ終わった食器をてんこ盛りにして洗い場に運んでくるのですが、

いつも大きなトレイをそのまんまボンと置いてさっさと去っていきます。

種類別にきちんと分けて置いていくバスボーイもいます。しかもそのバスボーイ

はそこに置きっ放しのものがあれば、それもついでに整理してくれます。

お皿に残った食べ残をゴミ箱に処分するだけの人もいますので、

どうも決まりがないようで性格の違うバスボーイによってそのやり方は様々です。


アメリカではやはり役割分担がはっきりしているようですがウェイトレスも

たまに洗い場に空き皿を運んできて空いている場所にそのまんま置いていきます。


どうしても日本人的根性で自分の仕事をしながアメリカ人の働きっぷりを観察

しては内心、状況見てもう少し気が回らないのかな〜と思ってしまう私です。


そのバスガールのことなんですが、ある日気がついたことがありました。


彼女とはキッチンマネージャーのお休みの土曜日に一緒になるんですが、

キッチンマネージャーが土曜日に珍しく出勤していた時のことでした。

その彼女が下げてきたお皿の食べ残しをゴミ箱に捨てお皿をまとめていました。

私が見てる限りそんなことしたことありませんでした。キッチンマネージャーは

私の後ろに居て比較的みんなの動きが見渡せる位置で調理しています。

そのバスガール、次にはいつものようにトレイごとボンと置いてさっさと

去っていきました。何気に後ろを見るとそのキッチンマネージャーがそこに

居ませんでした。 それで彼女の行動を観察すると、どうもキッチンマネージャ

ーが定位置に居ない時にはさっさと行ってしまうのが分かりました。

なんてこった〜、そんなことだったんだと内心呆れてしまいました。


人を見て態度を変えるこのバスガールは単にアジア人が嫌いなのかもしれません。

オーダーストップの時間帯を超えてお客が減ってきた頃にバスボーイが洗い場に

入って残りの片ずけと洗い場の掃除を始めるのですが、彼女が担当の時はすぐに

そこから引けて私もキッチン内の掃き掃除を始めます。

初めはそれが分からず、指示されるまで一緒にやるんだと思って続けていると、

かなり私を避けているようで私に直接ではなく皿洗いの古株の男性に私の方を

見ながら私が引けるように言っているのにすぐに気がつきました。


小娘だろうがなんだろうが、人を見て態度を変えるこのタイプにムカついて

しまいます。それでも仕事始めの挨拶だけはするのですが、一方通行は改善

されません。私も挨拶やめて思いっきり無視しようと思いますが、

これじゃ〜私も含めて嫌なオンナに変身って感じでもありますね。


この小娘とやはり挨拶しても返してこない年配の感じ悪そ〜うなウェイトレス

だけが無礼であって、あとの大勢のスタッフたちは普通なので幸いしてます。


どこの国にもどんな職場でも「嫌なヤツ」は必ず見事にいるわけで...

こりゃ働く以上は人間関係のトラブルは宿命で避けられませんね。



夫をアメリカ人だなぁと思うとき2017/12/10

夫をアメリカ人だなぁと思うとき

文化も人種も超えて基本的な人間関係の基本形となる常識や価値観が全般に

共通して違和感が全くないので、なんだかんだとあってもアメリカ人の夫と

こうして夫婦生活を続けていられるんだと思います。


インターネット普及で今では当たり前に使っていますがメリット面だけを考え

れば、ない頃の時代に比べてどれだけ便利で豊かな生活を送れていることか!


そもそも相棒とも10年前に情報と知識の宝庫であるインターネットで出会った

ワケで、色んな意味で多分化と多様性に触れる機会がネットによって広がり

世界中の人々との距離感も縮まり良いも悪いも含めて多義的にあらゆる交流が

可能になっています。


コンピューターの世界はどんどん進化しているようなのですが、いつまで

経っても同じ繰り返しを犯して進化出来ない人間の本質は太古の頃からほとんど

変わっていないと言われていますよね。豊かな人種の多様性を尊重しようとする

心は置き去りで根深く潜む表裏一体の劣等感と優越感のそんな所を行ったり

来たりするだけのなんとも愚かで悲しい人間の性を感じたりしますね。


そんな人間が生み出したコンピューター人工知能にやがては追い越され支配される

日がやってきて、SF映画のような世界が現実のものとなってあの恐ろしい世界

が展開されていくんでしょうか。


ちょっと話しが逸れてしまいましたが、本題はここからで〜す。


人間関係を深める一番の要因はやはり色んな価値観が似通った相性の良さが

基本になると思います。 何気ない単調な日々の流れの生活の中でその相性が

悪かったらお互いに居心地悪いものでかなりしんどくストレスになります。


味噌汁は毎日は食べられないけど、ご飯は毎日でも食べてくれます。

日本人に欠かせない料理の基本になる醤油味が大好きです。

お風呂は長風呂派なので、快適な浴槽にすぐ取り替えて日本人のように

”いい湯だな〜”ってな幸福感を味わっています。

こんな些細なことでも共有出来るってとても大事な事なんですね。

どちらかと言えば、日本人と暮らす相棒の方が日本人化されていると思います。


相棒に限らずアメリカでアメリカ人と接っしていても取り立ててなんの抵抗感も

違和感も感じることはありません。(仕事場の人のことで色々言ってますが、

そんなことは日本でもよくある事の範疇です)

よくよく意識して見る相棒は、青い目で髪の毛も黒くないので確かに日本人では

ないんですが、だからってアメリカ人と暮らしているって意識が全くないんです。

同じ日本人でも、全く価値観や話や相性が合わないと、あの人は私と人種が違う

なんて言ってしまいますが、実際に人種の違うアメリカ人と暮らしていて、

そんな風に感じた事がないのが幸いしています。



話がまた脱線しますが、相棒の次男で、マレーシア人の彼女と別れてから次に

中国人、そして今、韓国人のガールフレンドが出来たそうです。

そこで私言いました。じゃ次こそは日本人かな?と、これは相棒にもウケました。

先日、家に来た時にそれを言うと本人もまんざらでもなさそうでしたが、

果たしてどのように落ち着くことやらです。

そんな日本びいきの相棒ですが、日本で2年半暮らしてアメリカへ戻って5年

以上経ちましたが、今でも日本語を覚えています。数曲日本の歌のレパートリー

があってあの独特の英語訛りがほとんどなく発音も日本人が話すように話し、

日本人が歌うように歌っています。

フランス語とスペイン語が出来るのですが、きっと音感のセンスがあるんだと

思いますが、どちらもいい発音に聞こえます。

(たまには良いところも言わなきゃ)


そんな相棒ですが、”あ〜アメリカ人なんだな”って思う時があります。


一つには、相棒が電話をしている時です。 アメリカ人のように早口で喋っている

相棒を見る時に、あ〜この人アメリカ人だったんだと改めて思ったりします。

私と話す時は、私が理解しやすいように易しい言葉を選びゆっくり話して

いますので、日頃なかなか早口の相棒の英語を聞く機会がありません。


もう一つはですね日常会話の中で、映画でもお馴染みの呼びかけなんですが、

”sweetheart” , “Yes, sweetie!” ,”Honey”, Darling, Angel, My girlなどなどと、

やはり頻繁に言います。相棒はアメリカ人だったんだって認識する時であります。


日本ではあり得ない事ですが、幾つの世代になってもMy girlだなんてさ、

女性にとっては悪い気しないんですね。(へへ)



多分…貧乏臭くない私たち2017/12/13

多分…貧乏臭くない私たち

生活の安定感や幸福感の度合いも人それぞれであって、その実態は決して表面的

なところだけ見て判断はできませんね。理想と現実感の間の落差がありすぎると

ありのままの今と自分を受け入れられずに血迷ってしまうかもしれません。

前にも言いましたが、上を見ても下を見てもキリがないワケです。


毎日繰り返される生活の基本的な部分で気持ちの安定感さえ得られていれば、

とりあえずは不満や愚痴に犯されて心が腐ることもないんだと思います。


最終的に縁もゆかりもないところに家を購入して行き着いて来たのですが、

これもなんだかの導きがあってのことでしょうか、そんなことを考えると不思議な

感覚になります。これまでの流れを振り返るとですね、遅ればせながらですが、

ささやかな日常的なコトの大切が心にしみてくるようになりました。

多くを望まないようになり、生かされていることに感謝出来るようになりました。

そして、想像力を活かして感性を保てばどんなに質素な生活の小さな部分にも

小さなキラメキがあるのを感じるようになりました。

こんなこと言うとですね、それは「歳のせい」って声が聞こえてくるようですが、

それで片付けてしまったらそこまでなので、私はそのプラスαの感性の部分に

視点の重きを置いて生きて行きたいといつもそんなこと思っています。

感性のない人はたとえ若くっても魅力的でないですね。


もちろん今の生活感がベストだとは思いません。今までやって来たこと、

今やっていること、今後やれる事などなどと生きて来た年月と残された年月を

考えますが、 結局はですね、今の自分を否定せず今を受け止めて今やれることを

やっていくことだけに落ち着くと、このシンプル思考に尽きるんですね。

そのままの自分を肯定することでなんと気持ちもラクになります。


ちっちゃい人間かもしれませんが、僅かなパート代を得るだけで、

なんとなく経済的に以前よりゆとりが出て来た感覚になってしまってます。

それはあくまでも感覚だけであって実態は余裕のない生活レベルが低い私たちに

は変わりはないんですが、 今までためらって買うこともできなかった物が、

働き出したことだけで結構すんなりと変えちゃう心理の変化を味わってます。

そう言ったって、我が家は食費が一番かかるくらいで、身の回りの服やらあれこれ

と衝動買いすることほとんどありません。そう言う意味ではもう若くないんで

今あるものでほとんど間に合わせています。


経済的なゆとりがないゆえにそうなのかなぁと、貧乏と貧乏症は意味合いが違うの

ですが、我が家の貧乏感を感じることはですね... 例えば相棒、穴の空いた靴下を

捨てずに縫って直してます。 買い替えれればいいのにと言うのですが、靴下を

繕って直すのが好きだと言います。もう一つには穴の空いた下着でも捨てません。

8年間の結婚生活で買ったことないと思います。さすがに下着は繕うことは

しませんが...一体どこまで穿き尽くしていつ買い換えるつもりなのでしょうか。


質素で時には貧乏臭いような生活感でも不満を持たず落ち着けるのはですね、

上下を見たらキリがないとこの私レベル感で、超いい時も超悪い時もどっちも

経験してこれたからだと思います。 そのどちらもその時に無心で真っ直ぐに

受け止めてその真髄を浄化してこれた結果だと思います。


今の現実的な生活感なんですが、家の小さな問題をいろいろ抱えていますが、

居心地は決して悪くないんですね。きっとこの簡素でキュートな家の雰囲気の

感じが質素な生活感を持つ私たちにフィットしているんだと思います。


パートするようになって少しづつ必需品で欲しいものを躊躇わずに買えるように

なりました。 好みが一致するので迷わず選んで買ったベッドカバーです。


これだけで家の中がパーっと明るくなって、なんてキュートなんだろ〜で満足!


枕カバーを何気なくリビングに置いて見るとやっぱりキュートさが増したぁ!
(カウチで寝そべる時のピロー)

これだけで見るたびに幸福感に浸れるような本当に本当に安上がりに出来ている

ある種の似通った感性のある私たちで、 生活に余裕がなくってもお互いが

卑屈な気持ちになることがないのは、本当〜に生きていて幸いしています。


そしてここにもベットカバーとお揃い柄!

たったこれだけのことなんですが、質素な部屋には効果抜群です。

つつましい生活の中にも持ち前の感性を活かし心も踊る居心地のいい部屋に

なるワケで、楽しむ余地を得ていくのも自分次第だと思えることに救われます。