いろいろあり過ぎで考えるの疲れた2018/07/13

いろいろあり過ぎで考えるの疲れた

以前に、予定していた歯周病の治療で歯医者に行って来ました。

歯周病なんて、

これまたぁ〜、なんだかあまりイメージ良くなくって、公言したくないんですが、

そう言えば、両親も揃って歯槽膿漏だった訳で、これも遺伝なのかもしれません。

なので、避けようもない(?)で、まっいいかぁ〜


私の保険がカバーしないので、右半分の治療だけで、550ドルも支払いました。

(痛っ!)


右半分の上下各2箇所ずつに麻酔注射して、開始30分ほどで終わったと思います。

1時間くらいって、前に聞いたような気がしたんだけど、全行程含めても40分?


もっと何か違う特別な治療が施されるのかなと思っていて...、

事前にネットで調べるのもなんだか恐ろしくって...、

結構ナーバスになっていて、いつもになくあえて調べずにいたんですが...、

消毒や薬さえ塗りこむこともなかったような...、普通にフロスで仕上げて、

定期的なクリーニングとなんだ行程は変わらないような印象で、

ただ麻酔かけた分、ディープクリーニングしてたような感触だけでした。


なんか〜、人を疑わないというか...、

感覚だけで生きているようなこの性格なので...、

公共の中で、いつもドタバタしたような人生感が付きまといます。


それにしても、

なんか、これくらいの治療で、なんでこんな高いんって思ってしまうのですが、

いつも後の祭りみたいな、、、やっぱし世間にうとすぎじゃないの?

でも、もう〜とことん調べる気力がなく、あれこれと考えるの疲れちゃいました。


残りの半分は2週間後なので、それまでに日本で申請して日本の保険で

カバーされるかどうか一応は調べてはみようと思ってます。

めんど臭いけど...、

合計、1100ドルって、一時帰国のチケット代くらいになるので...

(痛すぎっ!).


だんだん、リサーチが大大大嫌いな相棒に感化されてきたかもしれません。



重度の認知症でも、母のすっごいとこ2018/05/22

重度の認知症でも、母のすっごいとこ

昨年4月に一時帰国した頃には、まだ車椅子で過ごすことはありませんでした。


昨年からの一年の流れで、母の身体機能も随分と落ちてしまい、

ほぼ全介助になっているようです。


しかし不思議なもので、 お腹の底から声を張り上げるように、

独語を繰り返し繰り返し言うパワーがまだあります。


最も盛り上がるサビの部分が、かなり気合いのはいった声で、

”ばあちゃんが”なんとかかんとかで、やっちゃったあー!と、

何を言っているのかよく分かりませんが、一応ストーリーになっているようです。


スカイプしていても、興味が持てないテレビの画面が流れている感覚なのか、

ここ半年くらいは、お母さんと、どんな風に声をかけても反応してくれません。

前は画面に映る私を見ては、この人誰かしら、何か言ってますが、、ってな

具合で若干の反応はあったんですが、今では独語の世界に入って止まらず、

横で声を張り上げているので聞き取りにくいのですが、担当したスタッフの人が

報告してくれる近況を聞きながら車椅子に乗った母の様子を見ています。


今では簡単なことの会話も出来なくなってしまった母ですが、食事介助やお風呂、

トイレの介助のたびに欠かさず、いつもありがとうございますと、感謝の気持ち

を言葉にするそうです。重度の認知でも、人様にお世話になっていることを

何となく分かっているからこそ出てくる言葉だと思います。


人様への感謝の気持ち、人への優しい思いやり、そういった本質的な母の人格、

重度の認知症になっても、失わず持ち続けられるのはすっごいとこですね。

そんな母を誇りに思います。


毎年、一時帰国する一番の理由は母と会うことです。


92歳になる母ですが、元気でいてくれることに感謝したいと思います。



ちょっと気になる人2018/04/10

ちょっと気になる人

私たちの住むコミュニティの一角にある一人暮らしの女性が居ます。


こう言ってしまっては、あまりにも根も葉もない私の勝手な想像なのですが、

なんだかですね、彼女を見ているとですね、もしも私がこのままアメリカに

住み続けるならと...あくまでも一部分ですが私の将来の姿を見るようで、

ちょっと気になっている人であるのかもしれません。


前にほんの少しだけ触れましたが、

その女性は真冬でもジーンズにジャケット姿で、買い物袋を手にさげてしっかり

した足取りと早い歩調で帰途へ向かう姿をよく見かけます。 幸いここでは15分

も歩けば銀行やスーパーなど日常生活に必要なお店が揃っていて、

最低限の用は足せますので、足腰鍛えていれば車がなくても生活可能です。


そして彼女は時に、歩くのにあまり適してない歩道がない狭い車道を歩いている

のを数回見かけましたが、その先にあるお店まではコミュニティから片道9キロ

くらいはあると思います。歩道がしっかり確保されていればいい運動になると

思いますが、民家が立ち並んで安全地帯というだけで、歩行者には決して優しく

ない区間です。それとも何か用事で定期的に歩いているのかもしれません。

以前の私の日課のウォーキング距離を遥かに超えた距離を日々歩くのが、

彼女の日課になっているようです。

ある日、オータムと散歩中に通りかかると、庭の枝の掃除をしていて大抵は

ほとんどの人が話しかけてくるのですが、気配もないので、こちらから声を掛け

ようかなと喉先まで出かかったのですが、一寸のスキもなく挨拶だけで通り過ぎ

ました。このコミュニティの誰とも関わっていないようなどこか一匹狼的な雰囲気

の人です。 毎日ではありませんが、オータムとの散歩中に帰り道の彼女をよく

見かけるのですが、この頃では彼女の方からすぐに手を上げて挨拶してくれる

ようになりました。


一体どんな人なんだろうと、チャンスがあったら話してみたいなと思っています。



昨日のこと、初めてのご近所さんたちとちょっとだけ話す機会がありました。


私たちのコミュニティと隣のコミュニティに同性婚の二組が昨年偶然なのか、

引っ越して来ていました。しかし、どちらもそうなのかなとなんとなくそう思う

くらいで確かではありませんでした。


彼らの家はあの戦後日本で暮らしたことのある人の隣に住んでいます。


オータムの散歩中に、庭先に小さな外灯の設置と小さな木を植えるために庭仕事

を二人でしていました。 犬を連れていると誰もが声をかけやすいので、

向こうから、すごく寒いねって身体をブルブルとゼスチャーを交えながら話し

かけてくれました。毎日通るので、彼らは私達のことよく見て知っていると

思います。犬の名前をまずは聞かれるのですが、いつも私のオータムの発音が

悪いようで伝わらず苦労していますので、四季を例に出して言うと”Autumn!"と、

すぐに分かってくれるのが毎回のパターンなのですが、この時はたまたま発音に

問題がなかったのか、それとも勘を働かせてくれたのか、すぐに察知してくれた

のでした。彼らは外見は全く男性のカップル同士ですが、物腰が低くセンシティブ

な人柄が優しく伝わってくる感じで、私にはすっごく心地よいタイプの人たちで

ありました。


いい意味でちょっと気になる人たちとお近づきになれたらここでの暮らしも

もっと楽しくなるかもしれませんね。


余談ですが、

悪い意味で気になる、真隣の不気味さんは相変わらず正体不明でありますが ...



結婚も仕事もEvery Jack has his Jill2018/04/07

結婚も仕事もEvery Jack has his Jill

結婚も仕事も相性のいい人、どれだけ自分に合った環境に身を置くかで、

その巡り合せの良し悪しに影響されてしまうと思うのですが、自分の身の丈に

合った人と環境に恵まれれば、あとは自分の努力次第で少なからずとも物事も

好転していくのではないでしょうか。


良い人、良い環境を手に入れることを総じて良縁に恵まれると言うのですが、

英語だと『a good match』ってことで、これは分かりやすいですよね。


要は価値観の近い似た者同士が出会うようになっていて、価値観の合わない人や

環境にムリして交じってしまう居心地の悪さとストレスと言ったら堪りません。

『類は友を呼ぶ』とか、後は、『割れ鍋に綴じ蓋』という言い方もありますが、

少しだけ一般的な感覚からズレたような割れ鍋的な感性を持った若~い頃に

(今も?)この言い回しを知って、面白い表現だなで、関心したものでした。


似た者同士の割れ鍋と綴じ蓋がともにキズを補い合ってともかく役に立っている

ことを意味して、どんな人にもそれ相応の連れ合いがいるものだと言う例えで、

これは男女間だけでなく、仕事の縁に関しても言えるんではないでしょうか。


生まれた時から定められている宿命に沿って人はそれぞれに生きていくんだと

思っていますが、幸か不幸か人は変化や進化を求めて止まない生き物ですので、

何かと飽き足りなくなってしまい、それ故に不平や不満など悩み多き人生の展開

が繰り広げられていくんだと思います。そしてですね、それぞれに生まれ持った

定められた能力レベルに達するための葛藤と努力と経験とがそこに課せられ

”面白おかしく”といったそれぞれに相応しい活動を演じていくんではないでしょ

うか。そんな中でも自分の意思に関わらず、何か自力ではないところで物事が

流れていったり導かれたりする不思議なことはよくあることだと思います。

与えられた試行錯誤の人生の道のりを歩んでいくためにあるそれぞれに生まれ

持って課された試練や努力で人生展開していくんだと思います。


どうしても人間の性分って隣の芝は青く見えがちなのですが、幸せか不幸かなんて

人それぞれの基準にあるのだから、増してや人に言ったり言われるのは大きな

お世話で、どんな境遇でも自意識のコントロールさえ見失わず、(難しぃ〜)

幸せの価値観を表面的な部分でなく内面に持っていけばどんな細やかなコトでも

目を魅いたり感動したりと、それなりに”面白おかしな”人生を展開させていく

数々の場面に恵まれていくのではないでしょうか。



再びチャンス到来で、今週と来週で3箇所での面接を控えている相棒です。

比較的近いエリアでKUMONの募集があったので応募していました。

面接の通知を受けて、相棒の仕事の都合で日程が合わず、来週の土曜日の面接

変更のお願いをして了解を得たようでした。


もう一つは、二箇所の図書館に応募していて、一箇所の方から面接通知ありで、

どちらも家から車で30分くらいですので、通勤距離は問題ありません。


そして、明日はマーケットでの面接も受けました。こうして重なる時は重なる

ようです。 本業の仕事に有りつけないなら、マーケットでの袋詰めの仕事は

絶対に見逃せんませんが、皮肉にも今回は教師の仕事にプレッシャーが比較的

ないであろう図書館での仕事のチャンスと重なってしまいました。

しかも、容易いマーケットの面接が最初であって、KUMONは来週の土曜日の

面接です。タイミングがどうしても上手く行きませんね。


人生の大半は、ほんの一点の通り過ぎだけの縁に過ぎません。

そろそろ、相棒にも「割れ鍋と綴じ蓋」で、どこかに落ち着いてくれればと

思います。 そんな訳で、今回は如何なる定めの結果を得るのでしょうか!



一に性格、二にセンス、お金が無なくて、五に顔2017/12/23

一に性格、二にセンス、お金が無なくて、五に顔

特に好ましい人、好ましい人、ちょっと苦手な人、かなり苦手な人などなどと

人を見る自らの判断基準を観察しているとですね、男女共にその基準はどうも

若い時からほとんど変わっていないと思います。大雑把に言ってしまえば

男性は性格がソフトでどこまでも優しく、女性は色んな意味で個性的な人に

惹かる傾向にあります。


確かに若い頃は、異性に限っては外見的な容姿に惹かれがちでしたが、

やはり長く付き合うためには性格重要視になっていきます。


一に性格は、言うまでもなく、

どんなに見かけが良くっても良識のない人はお話になりませんね。

外見と内面は必ずしも一致せず、人は外見だけでは性格は計り知れないです。


好きになる人の傾向は、親子関係のそれぞれの影響によって左右される部分も

あるのではないでしょうか。 私の場合は、父とは正反対の穏和な性格の人を

恋愛に限らず好きになる傾向があるようです。

ちょっとだけ普通の子たちとやる事なす事が違うこと、成長につれてその行動は

如実になって自由奔放で何を考えているか分からない変わっている子は、父に

屈しない父の気持ちにそぐわない事で、子供時代はいつも父から否定されている

ようでした。子供ながらも気丈に気にしていないつもりでしたが、知らず知らず

と深く傷ついて育っていたんですね。その結果、いつも自信が持てない自分と

向き合う事を強いられる羽目になってしまった私の人生です。

父は典型的な大正生まれの九州男児でした。家族の中で威張りくさったお山の

大将の父にひたすら支えてきた母の姿を物心ついた頃からいつも痛々しく見て

いては父を毛嫌いし母を哀れんだものでした。違う母の側面をみれば、

芯が強くなければそんな父にも仕えられない勝気な母だったと思いますが。


とにもかくも子供の頃受けた最も身近な親からの影響はその後の人生にも

なんだかの形で残ってしまいずーっと尾を引いていくようです。

なので、私は一に性格重視なんですね。


二にセンスは、私なりにファッションに興味があるのですが、服装にこだわりの

ある人、センスのあるファッション感覚のある人は魅力的です。オシャレと言っ

ても何もブランドもので身を固めているだけの人ではありません。

嫌味のない個性的でいい感じのファッション感覚の女性を見るといつまでも目で

追っかけてしまいます。 センスに関してはもちろんファッション

だけでなく、やはりその人の放す感性や心の持ち方、話し方にも見えます。


三四がなくては、 言ってしまえば、のらりくらりした生き方の私とビジネス感覚

のある経済力に長けているような人との視点とはかなりかけ離れすぎている

ようで、そんな人たちとの巡り合わせが私の人生の中には見事にありません。

やっぱりどこか似通った者同士が自然に寄り集まるようになっているんですね。


五に顔はですね、一に性格、二にセンスの条件を満たしている人は、別に美男

美女じゃなくても、その人なりの魅力として表情に現れているものだと思います。


性格、センス、顔で何か不思議な存在感や魅力を放つ人って、男女共に

そこらじゅうに居るんですね。こんな感じで人を観察するのは実に面白いです。