とうとう私にも、こんな時がやってきた2019/12/24

とうとう私にも、こんな時がやってきた

この度のコトなんですが、私も...とうとう”入れ歯”装着になってしまいます。

ま〜、たとえそれが部分入歯であってもですね、そのイメージ感はやっぱりねぇ、

ご多分に漏れず、”嫌だな〜”感が拭えません。


そもそも7年前に日本で問題にされた「歯」なんですが、

もしかしてアメリカで根管治療を受けたような同じ処置をしていたら、

もしかしたらまだこんなことにはなっていなかったかも、、

な〜んて、後の祭りなんですが、今さらながら思ってしまってます。


確かにアメリカでの歯の治療はお金がかかってしまうのが大問題になりますが、

私の両国での治療経験範囲でのその腕前印象はやはりアメリカ歯科医の方が、

より優れている気がしているんですが...如何なもんでしょうかね。

(私の場合は日本の歯医者さんに恵まれなかったってのもあるかもしれませんが)


渡米を間近に控えた7年前の事で、その前に日本で済ませなきゃ〜で焦ったりと、

今思えば時間的にも根幹治療出来たんではないかと思ったりするんですが、

当時通っていた歯医者さんではすぐにブリッジを勧められて、、2年後にはそれが

すっぽり取れてしまったりと、以前のブログにも詳細を書きましたが、再度取れて

一部被せてあった銀の部分に穴が空いてしまっていたので、とうとう使い物に

ならなくなってしまったりと言うことは、20万円もした価格の割にその経過と

結果において、こりゃ〜ね、お粗末なものだったと言わざるを得えません。


今更文句言ったって始まらなし、それからここを止めて、今は日本では実家の

近くに出来た歯医者さんに変えて、帰るたびにクリーニングをしています。

この歯医者さんいい感じで、ここで入れ歯を作るつもりで事前に相談していました。


しかしです、固定ブリッジを支えていた歯をアメリカで抜いた後の

その違和感に、このまま来年の一時帰国まで耐えらないと思い、念の為に、

アメリカの歯医者さんで予算を聞いてみると、日本で保険がきかない良質な

入れ歯を作る値段とほとんど同じなので、アメリカで作ることにしました。


2本欠如したまま4ヶ月以上過ごしていましたが、もはやその状態にも慣れて

しまい、幸い奥歯でもあるし、も〜この際、このまんまでも”いんじゃん”と、

思ってしまったりと、今では、”入れ歯”への違和感への不安の方がはるかに

優ってしまってる心境であります。


11月に入れた予約日に風邪を引いたり、その後は雪でキャンセルしたりと何かと

行きそびれてましたがホッ〜、とうとう先日その日がやって来て行ってきました。


入れ歯作成のため、まずは上下の口の中の型取りをしました。

下部分は一発目失敗で、大口開けて型取り計3回の1分程じーっと我慢の子〜

なんだかんだと私はアメリカの歯医者さんでお世話になる機会が多ぃ!:(


さてさて、仮装着とその調整に来年開けて行くことになっています。

計、3回くらい通うそうです。


”入れ歯’なんてね、

もう笑い事、人事じゃ〜なく、これも加齢に伴う変化の一つなんでしょうが、、、


そう言えば、この「加齢」の「齢」って「歯」へんなんですね、

私の売りは「加齢」ではないのにね、 そんなことにも気がついちゃうなんてね、、


私にとって2020年の幕開けは、

「入れ歯との戦いと共存」が、まずのテーマになりそうですわ〜歯歯


歯、歯が欲しぃ〜!2019/08/09

歯、歯が欲しぃ〜!

アメリカの歯医者さんで初めて人口の歯を被せてもらいました。

歯の型取りして石膏模型におこして...な〜んて、漠然と想像していたら

いまどきの最新システムってすっごいっすね。


午前中、口腔内をカメラでスキャンして、

コンピューターに取りこまれた私の歯、、、(怖っ)

あまりにもリアルで醜いので、その部分を加工しましたが。


1時間くらい一時帰宅している間に3Dデータから作成したクラウンを

午後から装着して、あっという間に完成で、いや〜早っ!

予算は $ 453.55でした。


麻酔が切れてからの感想ですが、やっぱりですね、その奥2本が欠如している状態で、

寄り添い支え合い共存すべき歯がないからでしょうか、やはり違和感があります。


来年の4月に日本で奥2本の入れ歯を予定しているんですが、

あと8ヶ月後もこの状態では、多分気になって気になってしかたないんじゃないかと、、

堅いもの食べたりすると横に歯がないので取れやすいんじゃないかって、

何か食べる時はやはり気になって使わないよにしています。

こんな調子で片方ばかりではきっと負担が大きくなり結果よくないですね。


私の持っている保険でどのくらいカバーされるのか調べて、、

そ〜差額がなかったらこの際、アメリカで作ってしまった方が良いのかも...

ま〜、、、何れにしても痛い出費が続いてしまってます。


謎の連呼_大っ嫌い!大っ嫌い!大っ嫌い!2018/10/02

謎の連呼_大っ嫌い!大っ嫌い!大っ嫌い!

オータムと共に過ごした、あーっと言う間の5年の年月の流れで、
今日10月1日はオータムの誕生日で早いもの5歳になりました。


先日、急病(原因不明)したオータムでしたが復活して元気に過ごしています。


新しい首輪とアントラーがプレゼントで、自分の足より大きなアントラを、
犬も人間同様に新し物好きで今朝は夢中にかじり続けてました。


さて、ここから本題なのですが、

この頃、日本人としてやはり誇りを持ちたい意識がかなり高まってきています。


しかし、、、or そして、、、

嫌な事、嫌いな人..潜在意識に私の中に潜む何か「闇」があるのでしょうか...


超〜忙しい土曜日の仕事を終えた、その夜は泥のように寝ていたと思います。


その朝、超〜寝坊して起きて、開口一番に相棒が言うのに 昨夜、
大きな声で大っ嫌い!大っ嫌い!大っ嫌い!と寝言を言っていたらしいです。

「大っ嫌い」の日本語を知っている相棒が、”一体どんな夢を見ていたの?”

???….しかし、、、本人の私まったく覚えがありません。

うなされている私を揺すり起こそうとしたらしのですが、
それすら全く記憶にありませんでした。

たいがい普通はその時点で、あ、こんな夢を見ていたって記憶するのですが、、
どんな夢を見ていたのか、大っ嫌い!大っ嫌い!大っ嫌い! って叫んだことも、まったく記憶にありません。


それから、私自身気になって気になって、自分の心の中にあるものを色々考えるのですが、あえて大声で連呼して叫ぶほどの「事、人」が、思い当たりません。


なのに、大っ嫌い!大っ嫌い!大っ嫌い!と叫んだ私の意識の中に潜む「嫌いな人、嫌な事」の対象は一体なんだったんでしょうか。




ブログをサボっている大きな要因の一つに、朝から寝るまで時間があると、
ある関連性のyoutubeを、絵を制作する時間にも流して聞いて、今まで認識して
いなかったその内容が私を虜にしていると言う現象にハマっています。

そこから間違っていた、あるいは勉強不足だった今までのあまりにも曖昧模糊としていた自分の世界観を検証しながら、自分が日本人であることの意識感がかなり高まってきていると思います。


ここ数ヶ月、私の頭の中に渦巻くもの、日本・世界の感動だったり世界の脅威だったりと、

知識不足で翻弄されたり混乱したりと...まだまだ頭が沸騰状態なのは確かなのですが、
それがどうして、大っ嫌い!大っ嫌い!大っ嫌い!となって、一体「何」に対して
叫んだのか、今の私の現実生活に照らして考えても意味不明なのですが、

もしかしたら、それは個人的なことが要因でなく、もっともっと大きな世界的に何か釈然としない「事、物」への大きな怒り、焦燥感などなど個人的な感情的な叫びだったのかもしれません。


理性的に頭の中で処理できるようになれば、大っ嫌い!大っ嫌い!大っ嫌い!
とは、感情的に叫ばなくなるのかもしれません。



後光のさす誕生日の朝2018/07/18

後光のさす誕生日の朝

1週間前の話ですが、7月11日は、◯◯回目の私の誕生日でした。

目覚めた誕生日の朝、天からの予期せぬ感動的な贈り物を受け取りました。


この日の朝一の散歩の担当は私で、7時半過ぎに出向いた時でした。


ある地点で排泄を済ませて、引き返してしまう事もあるのですが、

この朝は折り返し地点で引き返さず、いつもよか歩いていくと、

視界にこの空が入ってきて、こうして興味深い朝をむかえることが出来ました。


2018年7月11日、AM7:50


雲の隙間から陽光が筋のように伸びて幻想的な空を演出していました。


すぐに記事にしなかったのは、なんと単に忘れてしまっていました。

(如何に、日常卑近な日々にどっぷりと振り回されてる?)



日々刻々と変化する神秘的な空模様は飽くことがありません。

ウォーキングをしなくなってからは殆ど空を仰ぐ事もなくなり、

現実感どっぷりで写真を撮るチャンスもなくなったこの頃です。


来年は、個展を控えています。

理屈抜きに身体知で感じうる 自然界に在る不思議な力とエネルギーは、

作品を創作していく上で、どんな情報や知識よりも勝り尽きることのない

広がるイマジネーションを与えてくれます。


涼しくなったら、週一のウォーキングくらい再開しようかな



ブログ5年目で更新した記事を数えてみた2018/06/03

ブログ5年目で更新した記事を数えてみた

こうして振り返ると、あーっと言う間に過ぎた5年だったと思います。


何度も何度も記事で触れていますが、2013年の3月に愛犬ジャズを失って、

その年の5月から開設したブログでした。


どうにもこうにもならないやり場のない気持ちを埋めるように、

どうにもこうにもならない喪失感に苛まれながら書き続けてきたブログでした。


年ごとに更新の回数が減っているのは、これは結構意識しています。


私のブログは、個人的で独りよがり傾向で、毎日ブログ更新を掲げてしまうと、

それこそどんなことで書いてしまうので、自制しています。

今くらいの更新頻度が最も無理もなく、このペースで落ち着いています。


改めて数えていくと、この5年間で1031の更新記事となりました。


だからなんなので、とりわけ何も面白いこともありません。

ただ単に個人的な記録として残しておこうかと思いました。