切っても切れない他人との繋がり ― 2017/01/14
私の人生の中に理屈では語れない人との繋がりを改めて実感しているのですが、
他人なら連絡を取らなければそれまでの関係で自然消滅していくものですが、
何故だか自然消滅しない摩訶不思議な関係性を持つ一人なのであります。
アメリカへ移住してから身内感覚で近況を聞くのに、ランダムに年に数回だけの
電話をしていました。その人はPCや電子メールをやらないので瞬時にあるいは
マメに連絡を取り合うことは出来ません。昨年、久しぶりに電話した時にその人の
お母さんが亡くなったことを知りました。その人には子供は居ないのですが、
お姉さんに子供が出来てからでしょか、自分の両親を婆様爺様で呼んでいました。
婆様が認知症になっても施設を利用しないで10年近く介護していました。
ある日、婆様が外へ出てしまって転んだ婆様を抱えて、再び転倒して不幸にも
その人までも骨折してしまい共に入院したのでした。 その人が二ヶ月で退院
してその後に、婆様はそのまま入院先で96歳で亡くなりました。
婆様は夫の爺様に妻として支え苦労してきた人生だったそうです。
婆様の口癖は爺様より1日でも長生きして開放感を味わいたいが口癖でした。
念願叶って、爺様が亡くなってから16年ほど経ったと思います。
その人も色んな事情の結果、親族とは孤立状態で悲しみを共有する人が居ません。
その優しかった婆様をよく知っている私に、介護は大変だったけど、今は寂しく
ってならないと言っては、しんみりと涙ぐんでいるのが伝わってきました。
少々へそ曲がりで性格的にも孤立しがちで60代になってからの一人暮らし、
その人の性格をよく知っているだけになんだか心配なこの頃であります。
昔むかしの話でも共有しあった物は大きく喜怒哀楽を心底共にした仕事の戦友と
は、どんなに時が経ってしまっても何か目に見えない深い絆のようなもので繋が
っているのかもしれません。 仕事の話とか聞くのは興味がありますが、それを
外れて一般的な話題になってしまうと例えば、よく知ってるねって感心するほど
詳しく政治の話やらを話し出すと止まらないような人で、これが始まると私と
しては面白くもなくウンザリ気分になってしまうのですが、今更知り合った人
だったら多分避けてしまうと思いますが、あ〜また始まったで聞き流しながら
耐えています。
4年もアメリカで暮らしていたら英語はペラペラでしょ〜とこれまたウンザリ
することを言います。20代でアメリカにやってきた訳でないからそんな容易く
ないよ〜確かにあなたよりは喋れるようになったとは思うけど〜と、、、
アメリカで生活していたら英語ペラペラでしょうとほとんどの一般的な日本人の
その英語コンプレックスには困ったもんです。
お酒を飲んでいる時など話しするとウンザリすることは度々で、ならば縁切りし
てしまえばそれまでのことなんですが、どうしても縁を切ることが出来ません。
理屈でなく切っても切れないなにか人間の絆で繋がった関係なんだと思います。
そして、23歳で登頂したマッキンリーのよき思い出が忘れられず、登山はもう
無理だけど、もう一度アラスカへ行きたいと情熱を込めて話をするのですが、
その人はとかく気持ちと実行が伴わないことが多くおそらく夢話のまんまだと
思いますが、もちろん本気で行く気があるのなら◯◯さ〜ん、お手伝いしますよ!
こうして、週一だけでも電話することで少しでも張り合いになってくれればと
とても小さな小さな事ですが陰ながら戦友として支えていくつもりです。








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