アメリカで初体験ボステリオフ会2017/02/01

アメリカで初体験ボステリオフ会

日本でも経験したことのない初のアメリカ版ボステリのオフ会に参加しました。

私たちにとっても愛犬オータムにとっても胸を膨らませてそれはそれは楽しみに

していて、スペシャルな日曜日になるに違いないと信じきって出向きました。


集合時間10時になっても誰一人やってこず、”もしかして場所間違った〜?”

のんびり過ごすには寒いし、15分過ぎても誰も来なければ引けようと言って

いる時に、ボステリを3頭乗せた車がやってきたのでした。3頭の飼い主は

主催者で、今日は21頭のボステリがやってくるとのことで、Wow〜!









それから次々やってくるわやってくるわ〜夢のようなボステリオンパレードに

感動が止まない私でした。ここまでは良かったのですが、フェンスも何もない

広場で12頭くらいのどの犬もノーリードになって走るは吠えるわ〜

新顔のオータムが気になってか、しつこく付き纏い吠えるわ〜

うぅ…オータムも仲間に入れさせたいけど、ここで放してしまって万が一の時に



コントロール出来なかったらと相棒も私もオータムをノーリードにすることが



出来ずになんだかオータムだけがリードにつながれたままではやっぱり可哀想



でした。ある飼い主さんから以前ここでフリーにしていてどこかへ行ってしまい



3時間も探したことがあったいう話をしてきました。わ〜怖っ!



不完全燃焼状態で可愛そうだけど迷子にさせるよりいいと私たちだけが浮いて



しまっていましたがそのまま同じところに佇んでいました。



ボール遊びに興じるボステリたちを目で追っかけて健気にもじーっとボールが

飛んで来るのを待っていてひとたびゲットすると自分のハンデが分かってるのか、

(向かって左にライトグレーのボステリ)

くわえたままで決して離そうとせずかなりムキになっていました。

一頭だけ側でやたらオータムに向かって吠え続けるのがいたのですが、オータム

まるで眼中にもなく動揺もせず興味あるのはボールだけで全く無視していました。

集団の中で何されても怒らない構わない終始そのマイペースさを崩さないその姿

やら、数頭がやたら吠えて止まず(ボステリってこんなやかましかった?)

テンション上がりっぱなしで(ボステリの特徴の一つ?)意外に乱暴なボステリ

もいたり、どんなに無視されてもオータムにひつこくからもうとしたりで、

集団の中で犬の性格も様々で人間と似たり寄ったりですわ〜

(ちょっとライトグレーに見えにくいですが後ろ姿の犬がそうです)

ちゃんとした写真を撮り損ねていましたが、なんとライトグレーの顔も整った

ボステリはまだパピーで愛嬌あってどの犬にもゴロンしてお腹見せていました。

人間同様に日頃の運動不足なんでしょうか、あとはやっぱりアメリカのボステリ

は飼い主が肥満だと愛犬も同じような傾向に...


とうとう相棒に限界が来て帰ろうということになり、21頭勢ぞろいする前に

早々とたった45分で切り上げてしまいました。


期待外れと言うか不完全燃焼と言うかそんな感じで終わった初のボステリオフ会

となり、やっぱりフェンスのない場所での安全性はないと走らせることができな

かった私たちは過保護すぎるかもしれませんが、広場から森の中へはつながって

いるので万が一ってことの方の心配が強いので結果仕方ありませんね。


日本では設備の整ったドッグランで解放しておもいっきりジャズを遊ばせて

飼い主共に楽しんだものでした。アメリカは結構ノーリードが普通だったりで

このスタイルのオフ会はもう参加することが出来ず残念です。

これを機に早速オータムのためにフェンスのあるドッグパークを探してみました。

ドッグパークは幾つかあるようで、今度どんな環境なのか下見に行ってみます。



大人しくしてればその気になって!2017/02/03

大人しくしてればその気になって!

ストレスとは無縁のような、本来自由奔放だったむか〜しの私に限ってはキレる

なんてことはなかったんですが、生活環境と年齢と共に我慢強くなってきた分、

私の内に知らず知らず潜む闇があるのでしょうか...とうとうキレてしまいました。


この感じなんですが思い当たることがあります。いつもはマリア様のように

優しい母が一度キレると別人のようになっていたのを思い出してしまいました。


私が調子付いて、あーだこーだ言いたい放題が続く末には、ブッちぎれていた

母、本来は芯の強い母でしたが日頃は争いを好まず辛抱強く、しかし、

不満を小出ししないので、一杯一杯になったとこで爆発してしまうようでした。

蓄積した怒りを吐き出してしまえば後は何事もなかったようにそれで終わって

しまうのですが、あまりにも突然のその豹変ぶりにビックリたまげもんでした。

日頃母が優しく寛容なのでその気になってしまう娘だったと思います。

なんと母に似てきているのでしょうか、その感じが今の私ではありませんか。


相棒との夫ペース結婚生活でも別段不満もありませんでした。本当にやりたい

こと、行きたいところがあれば一人行動とればいいだけのことだと思っていて、

日常生活は相棒ペースでも何の不満も愚痴もなく普通に過ごしてきました。

しかし、どうもここに引っ越してからの環境で状況が変わってしまったようです。

何事も己の意識の問題になるので、決して人のせいにせずいつも自分に向けて

そういう風に自己コントロールしていたつもりでした。

しかし、どうしたって理性と感情のバランスが全て上手くとれるとは限らず、

知らず知らずに小さなストレスが蓄積しているのかもしれません。


先日の朝、ウォーキングの準備をして台所へ行くとトーストされたベーグルを

お皿に乗せたまま置いてダイニングでパソコンしていたので、

どうしてベーグルを台所に置きっぱなしにしてるのかと聞いただけでした。

相棒なんと、『いちいち聞かないで私のやり方なんだから』ってな、なんとも

ウザったそうに言い放されました。一瞬にしてムカっ!ときちゃいました。

(熱すぎて冷ましていただけだそうでが、そう言えば問題なかったのに!)


あんたの部屋だったらいちいち聞けないけどさ!台所は共有の場なんだから!

置きっ放しのベーグル見て当たり前のこと聞いているのに、何その言い方?

自分だけあれこれと忙しくしているからって!

この陸の孤島から出れない私の閉鎖的な気持ちなんか分からないんだろ!

こっちが大人しくしていると思って調子に乗るなー!!!


な〜んて完璧な日本語のようにはもちろん言えなかったと思いますが、

日本語にすればこんな感じのことを言いました。 そのまま私は最悪の気分で

失望感と腹立たしさと情けなさでウォーキングへ出て行きました。


それからマジに反省したようで、帰ってくると私が悪かったと謝ってきました。


なのですぐに水に流しましたが、もう少し私も本来の我儘な部分を出してみよう

かな〜と思っても、やっぱり夫ペースでの結婚生活で7年ちょっと...今更です!

私が我を出してしまったら絶対にうまくいかないだろなって感じであります。

なので、夫を調子に乗せてしまうのは、日頃のこの妻の対応が原因であったり

するのも事実であるワケですね。



これはアメリカ人に軍配を上げる2017/02/06

これはアメリカ人に軍配を上げる

アメリカ人と比較すれば日本人の方が手先器用で丁寧で繊細で問題がないはず

なんですが、個人的に比較したこの2点については、大雑把なアメリカ人への

予想を超えたそのパーフェクトな仕事の技量でアメリカ人に軍配を上げます。


どうしてこんなにも違いがあるんだろうかってその顕著な差を実感しました。


これはあまり一般的なことではないかもしれませんが、もしかしたら中には

私と同様に同じような経験をしている人たちが居るかもしれません。


どうしたって日本人の方が仕事が丁寧でこんなはずはないと思うのですが、

全く同じ検査内容なのに日本では毎回それはそれは痛い目にあっていました。


10年ほど前に線維腺腫と診断されてから要検査になってマンモグラフィ検査を

毎年受診しているのですが、ここ3年はアメリカでの検査に切り替えました。


このマンモグラフィ検査、圧迫板で乳房をはさむ時に痛いのなんのってまるで

拷問のような辛さで、その原因は私の胸の大きさの問題で致し方ないと思って

ました。 なのでアメリカで検査する初めての時にもっと痛いに違いないと想像

しては恐る恐る事前に検査技師さんに多分やりづらいかも...と言うと、笑顔で

大丈夫ってなことを言われ、その手際良さと嘘のような優しい扱いに、これで

大丈夫なのちゃんと結果がでるのかしらんと思ったくらいほとんど無痛で終わっ

たのでした。比較的巨乳の多いアメリカだと思うので、小さい胸の扱いに慣れて

いないはずなのですが、この結果でいけばこれは大きさの問題ではなさそうです。

アメリカでも同じで線維腺腫と診断され毎年検査するように言われました。


三回やって全て違う技師さんですが、すべてスムーズで全く問題なかったです。


もう一点は血液検査の技量の差です。

日本での採血では、運が良くって普通にやってくれるのですが、残念ながら

私の場合では非常に数少ないです。 静脈が見つけにくいと言って何度も腕を

叩かれたり、ひどい時には何度も針を刺された挙句に腕を交換されてまた何度も

針を刺されたって何とも不運な経験がありました。 これも私の血管が細すぎる

ってことなので仕方ないのかなと思っていて、これも苦手な検査の一つでした。


アメリカで採血するようになってから、やはり初めての時に見つけにくいって

事を言ったら、この時も笑顔で大丈夫てな具合でスーッとスムーズに終わった

ではありませんか! 5回違う人から採血でどの人も問題なくいとも簡単に

済ませてくれて一体全体、日本と何がこうも違うのかと思ってしまいます。


確かにアメリカは医療費高いのですが、歯医者さんのレベルも高いのか、

私の場合はアメリカで根幹治療と親知らず抜歯を経験していて全く問題なく

パーフェクトだったと思います。

日本でブリッジ治療したとこがなんと2年でブリッジがスッポリ取れてしまって

アメリカの歯医者さんが戻してくれました。


そんな訳で私の場合なんですが、マンモグラフィ検査と採血、それに加えて

歯医者さんはアメリカに軍配を上げています。



陸の孤島で腑抜けてしまった私2017/02/09

陸の孤島で腑抜けてしまった私

育児をしているわけでない。孫の面倒を見てるわけでない。

キャリアを持ってバリバリ仕事してるわけでもない。

そんな何もないような私が夫の転職に連れ添って転々としたあげくの果て

行き着いたところがブリストル郡の陸の孤島のようなところだった。


一体どんな引き寄せで日本からマサチューセッツ州へやってきたんだろうか。

相棒との縁だけでわざわざ日本からアメリカへ移住するなんて、そうそう簡単な

ことでないはずなのに、何だか安易に時が過ぎているような気がしないでもない。


MA州は14郡で成り立っていて、渡米した初めの一年はエセックス郡の

Haverhillで過ごし、その後バークシャー郡のLenoxに3年住んだのちに、

ここブリストル郡へ引っ越してバタバタした半年があっという間に過ぎていく。


正直な話今の私、電池切れ状態で時計が止まってしまったような脱力感にある。

ここのところ日々の張り合いのなさに腑抜けてしまったような気力のない自分。

それとも私の筋書き通り中身のない安易な生き方の末に行き着いた先なのか、

そう思えばこの現象も私に限ってはありえたことなのかもしれない。


バークシャー郡のLenoxでの3年間は相棒のママとの深い交流がどれだけ

アメリカ生活での張り合いと支えになっていたんだろうか。

相棒のママが居なくなってからその何気ない日々の大切さを実感している。


先生に恵まれて英語クラスも個人レッスンも楽しく休むことなく通っていた。

住まいの周りでは軽く挨拶を交わす顔馴染みの人たちとの交流も普通にあった。


バークシャーに定住している日本の人たちとのさりげないたまのお仲間入りの

交流の場は、アメリカ生活では格別なものとなって極上の息抜きの場であった。


気分転換でいくNYCへは住まいから歩いて3分でバスに乗って気楽に行ける立地

条件の良さは誰も頼らず一人で行動できるその自由な感覚が何か強みでもあった。

Lenoxでは、取り残されたような感覚でポツンとすることがなかったと思う。


一人でも平気だって言っていた私、確かに一人でも平気なんだけど、

車のない生活がこんなにも不自由だなんてアメリカ生活で初めて実感する日々。


初めて住んだHaverhillでは、列車が走っていてボストンには一時間で行けた。


ここはバス路線もなければ、対岸の町に行くのには車だけの高速の橋があるだけ。


朝のウォーキング、犬の散歩、料理、掃除洗濯、これだけの繰り返しだけで

1日はあっと言う間に過ぎていく。この間、英語の本読んだりブログ書いたり

絵の制作したりするけど、何気ない日常の何かが欠けてしまうと心にすきま風が

吹き込んでくる感じが隠せない。やはり何かが欠けてしまっている。


サイエンス先生のパートタイマーの仕事をするようになってからランダムに

出かけるようになった相棒。 家計の手助けで私が仕事をするために

一時帰国から戻ってきたら車をもう一台買おうってことになってるけど、

たとえ私がパートの仕事に就けたとしてもそれこそたかだかの収入なわけで、

中古車代を超える収入を得るには何年かかるのだろうかって

生活レベルの低さに我ながらため息が出てしまうようだ。


どんなこと言っても、その生活のレベルの低さを含めて全てに甘んじて

いるような私のどうしようもない私自身の問題であるのも事実なのだ。


あ〜ネクラな気分にくわえて明日は猛烈な吹雪予報になっている。

これで外にも出れないようならもっと最悪な気分。



悪天候のせいにしてみた2017/02/14

悪天候のせいにしてみた

悪天候続きで家の外も家の中も心の中もすっかりと薄暗くなったままです。


おまけに偏頭痛続きで三日間も寝込んでしまいその後も不調が続く相棒で、

外は悪天候、家には病人と、ますます気持ちが後退していくようです。


そして昨夜は、何故かアメリカに在住する二人それぞれが夢の中に現れました。


アジアンマーケットへ行くとそこでバリバリとレジの仕事をしているその一人が


居て『え〜知らなかった!ここで仕事しているの?』『うん、2ヶ月経つよ』
と


言ったそれだけの場面から違う場面に切り替わってもう一人のキャリアウーマン


の人が現れて『ヨーロッパに仕事の拠点を移すことにしたよ』
と言うたったそれ


だけの断片的な夢でしたが、なんだか活き活きとした象徴的な二人の姿を見て

夢の中でも私一人取り残された感じでポツンとした姿になっていました。



色んなことが何かしっくりとしない現実感に苛まれているようであります。


張り合いのないような日々が気怠くもあります。

行動範囲がすっかり狭まってしまいネガティブな気分も停滞したまんま。



日課のウォーキングも愛犬オータムとの散歩にもこの悪天候でままなりません。



太陽の日差しにあたるだけでかろうじて心身のバランスが取れていたと思います。


 
ここのところずーっと
小康状態になったかと思うと小雪が断続したりしていま


したが、午後になってようやく晴れ間が覗くようになったと思いきや強風の


荒れ模様になったりとまだまだスッキリとしないようです。


 お天気の回復と共にそろそろ気分を入れ替えていきたいんですがね